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田原総一朗の朝まで生テレビを録画して先ほど見終わった。テーマは「激論!“独裁者”橋下市長が日本を救う?!」である。多くの反橋下市長の論客を揃えて、彼の大坂都構想にいちゃもんを付ける番組である。これまでのメディアを通じての彼の構想について、今ひとつ分からない所があったので楽しみにしていた。結果は彼の圧勝だったと思う。なんて頭の良い人なのだろう。要するに反対している人達は彼のこれまでに無い発想と、得体のしれ無さに恐れ戦いているだけなのだ。詰まりは彼の飛び抜けた構想力、実行力、決断力に自分達の同質性を認め難いための怨嗟にしか聞こえない。彼の主張する民主主義の多数決主義と、特に共産党の主張する少数意見の尊重を同列で論じる事自体に無理があるし、そのもっともらしい少数意見尊重主義が意思決定の足かせとなって、今の国政の停滞感をまねいているのだ。彼の究極的な考えは首相公選論に見るとおり、議員内閣制の構造的な限界を言っているのである。彼は自らを独裁者と自称しているが、話し合いを否定している訳でも無いし、民主主義の多様性をないがしろにしている訳でも無い。ただ重要決定事項を最終的に決めるべき時に決める人間の存在を認めてくれと言っているだけなのだ。その決定者こそが選挙で選ばれし者の責務なのだ。このスピード時代にあって決められないリスクは最早、甚大である。しかし彼の言っている事は、此れまでの既得権益者にとっては卒倒しそうな命題であるために反対論が出ているのだと思う。結論から言えば、完璧では無いが民主主義のルールの下での選挙の結果は出たのだ。4年間一期は、彼の思う所をやらせて見たらいい。その結果をまた選挙で判断すれば良いのである。それこそが民主主義のコストなのである。
昨日は恒例の少壮工業会、現役とOBの合同新春懇談会が、島田町長を来賓に迎え開催された。私も会のOBだが、商工会長という立場でお招きをいただいた。町長挨拶のあとご指名を受け数分時間を頂き、今回は会の名称の由来について話をさせていただいた。当会の発足は昭和53年であるから30年以上続いていることになる。当時、私が二代目経営者として七転八倒している頃で、発足するに当たり会の名称を決めようということになり、私の提案で「寄居少壮工業会」ということになった。
少壮とは幕末の陽明学者、佐藤一斎の「三学戒」からの出典である。 三学戒とは 少にして学べば則ち壮にして事を成すなり、 壮にして学べば則ち老いて衰えず、 老いて学べば則ち死しても朽ちず。 要するに一生、勉強だということである。ドラッカーも云っている。「マネジメントとは教養である。」 思えばこの会では多くのことを学ばせていただいた。財務の研修の際にはお互いの決算書を見せ合い、喧々諤々の議論をした。弥富方式の給与表の作成もこの会で学んだ。思えば、「よりいテクノ・スクエア」工業団地の基礎メンバーもこの会員である。今では愚息も、この会の現役メンバーとして鍛えていただいている。後継者育成は中小企業経営者の最終で最大の仕事である。彼らが、発足当初のコンセプトを愚直に守りながら切磋琢磨している風を見るにつけ、つくづくいい会だと思う。
「寄居町にトンボ公園を作る会」の第91号になるトンボ公園だよりが発行された。久しぶりに寄稿したのでここに転載します。
---------------------------------------------------------------------------------------- 宥座の器 本当に久しぶりの寄稿である。平成元年に始まったこの会も、もうすぐ四半世紀になろうとしている。常に世代交代の課題を抱えながらの会の活動も、清水会長には本当にご苦労様と言いたい。特に大成功だった全国トンボサミットの運営や企画には、新鮮な息吹を吹き込んでいただき、心から感謝している。 さて、激動の2011年が終わった。多くの犠牲者を出した東日本大震災、その派生としての大津波そして原発の事故は、現代に生きる我々に深刻な問題を提起した。救いは阪神淡路大震災の時も言われたことだが、あれほどの被害に遭いながらも慌てず、パニックにもならず、整然と行動された被災者の方々の姿である。それらはまさに全世界に感動と称賛をもたらした。それは、いまだに古来よりの日本人の自然観、道徳心が民衆の間には残っていた証左である。しかし一方、「天籟地籟(てんらいちらい)」という言葉がある。それは人心が乱れると天変地異が起こるということである。今回の大災害は文字通り千年に一度の出来事と言われるが、我々に貴重なメッセージを発している。中国は孔子の時代、「宥坐(ゆうざ)の器」という逸話がある。孔子は魯の国の人であるが、その器は魯の王様の持ち物で、常に傍らに置いてあったという。それは空っぽの時は傾いていて、水を入れると八分目位は水平となり安定しているが、目一杯まで注ぐと引っくり返って全部水がこぼれてしまうのだという。つまり王様の言行において、過ぎることを常に戒めていたのである。まさにその逸話は、便利さと豊かさに慣れ、その有難味を忘れ、果てしない欲望のままに、更に更にと行動してきた我々現代人の生き方に対する警鐘である。特に原発の事故は悲惨極まりない。文明の象徴である電気を際限なく使い、文字通り全てをひっくり返してしまった。いまだにかけがえのない故郷に帰れない人々が、数多いる現状は同情の域を超えている。 これからの時代のキーワードは「持続性」である。未来を担う子供たちに自信をもって残せる環境作りを改めて再確認したいものである。37700
先日の真田幸光氏の講演でもうひとつ面白い話があった。これからの不透明な時代にあって、事業を正しく経営していくためには、三つの目を持つべきだという。
それは「鳥の目、虫の目、魚の目」だという。鳥の目とは鳥瞰すること。大局的にものを見ろということである。あまりに近視眼的に判断すると物事の本質を見誤るということである。 虫の目とは複眼的にものを見ろということ。一方通行でものを見ると大方、後でトラブルが起こる。物事を判断したり決断する時は、双方の言い分や状況をよく確認してからのほうが間違いがない。 三番目の魚の目とは、潮流を読めということである。このところの混沌とした世相にあって、一番必要な事かもしれない。潮目の変わる時こそが一番、注意を要する時であるしチャンスでもある。チャンスには前髪は無いという。ここぞと思うときには勇気を持って事に当りたい。 このところサボっていた朝の散歩を今年から再開した。朝5時に起きて40分ほどの散歩であるが、感性や直観力を磨くのには最適だ。これからはさらに「三つの目」を意識して頑張りたい。
寄居町商工会賀詞交歓会が、総勢120名の参加を戴き盛大に開催する事ができました。本当にありがとうございました。恒例の第一部の基調講演会も素晴らしくて皆さん聞き入っておりました。私も真田幸光先生の講話は初めてではありませんが、相変わらず歯切れが良くて元気を戴きました。特に積年の疑問であった為替問題について溜飲が下がりました。つまり結論からいうと、このところの超円高は日本の道義心のなせる技という事です。リーマンショック以来、相対的に金融問題では傷の浅い日本が、アメリカや欧州に比べて円高になるのは分かるのですが、国際収支的には世界最大の債権国の中国より高くなるのが疑問でした。その原因は一言でいえば「信用力」です。日本は借りたものはきっちり返そうとするが、中国はなかなかそうでは無い。そこの所の国際的な評価の違いが、為替の評価につながっていると言うのが真田先生の見解でした。
かねてから通貨の価値は国力のバロメーターと言われていますが、一面胸を張っていいのです。昨年の大震災の折、整然と対処する日本人の道徳心の高さが世界で賞賛された事は記憶に新しいですが、詰まる所正直者が勝つのです。真田先生はあの有名な信州真田一門の子孫だそうですが、真田家は忠義のために一旦は豊臣方に付いて大阪城攻めでは徳川を大いに悩ませましたが、その後のしたたかな振舞に依って激動の世を生き抜いて来ました。日本も短期的な視点では悩ましい状況ですが、ここは真田家のように力強く生き抜いていくしかありません。先生も言っておられましたが、中国の一番の心配の種はナショナリズムです。多くの国内的問題を軍事的に解決しようとした時のリアクションが怖い。インターネット社会にあって、何時までも中国だけが例外ではいられません。第二の天安門事件が起きる可能性は、非常に高いという認識を持って今後を考えておくべきなのです。いろいろな意味で有意義な講演会でした。 ![]()
社長方針を例年のごとく、模造紙大の大きさに拡大して社内の各所に掲示した。毎年、年が改まり架け替えた当初は馴染まないが、その内、会社の空気が変わってくるから不思議である。ドラッカーによると、組織の有用性は一にそれを定義することだといわれるが、まさにその通りである。言霊のいわれの通り、形(言葉)が心を進め、心がまた形(言葉)を作っていくのだ。それを今年も念じて皆と頑張って行きたい。掲示内容は以下である。
![]() 2012年度 社長方針 スローガン “100年経営の推進” 1、現場力(技術力、改善力、スピード、5S) 2、結束力(継続的な人材教育、経営計画の見える化) 3、社是の浸透(明朗、元気、信用、信頼、信義)
正月休みも今日で終わり。明日から仕事だが、始業式に恒例の社長方針を発表しなければならない。まずスローガンだが、「100年経営の推進」とした。ここ数年、「・・・経営の推進」シリーズでやってきた。つまり、①革新経営、②安心経営、昨年は「戦略経営の推進」とした。まさに「もしドラ」ブームに乗ってドラッカー流の戦略経営を志向した。私はドラッカーの語録の中で、特に印象的な言葉は「顧客の創造」と「戦略のまずさは戦術では補えない」である。前段は企業のミッションであり、当社の「みなもとクリエイション」という社是に盛り込んである。後段はまさに成熟化する国内市場にあって、小手先のスキルではビジネスに勝ってはゆけない。
そこで昨年は、戦略的な見地から既存企業との連携によるグローバル化と、選ばれし企業になるための国内工場の投資というアンビバレントな意思決定をした。そこで今年度である。よく言われることだが、一人の経営者での企業経営は30年が限度である。今年57期目を迎える我社もそろそろ3代目に移行する準備をしなくてはならない。ここ数年がその正念場になるだろう。その行き着く先が100年経営の達成なのである。それでは100年経営とはどういうものなのか。 当社はモノづくり業である。まず第一は強靭な「現場力」である。現場は、適正な価格の製品を顧客に提供しながら、収益も上げられるダントツの技術力、改善力、速力を持っていなければならない。第二は「結束力」である。人の潜在能力は無限である。社員が共通の価値観を持ち、進むべき方向性を一致させた時、思いがけない力を発揮する。それをどう汲み上げるかである。第三は世界的な経営学者、野中郁次郎氏が説く「Common goods」の追求である。それは「公共善」と訳されるが、私の解釈は「社会に認められる企業」になることである。それは三つの「信」によって達成される。「信用、信頼、信義」である。企業の社会的な認知こそが、遠回りのようであるが持続性のあるタフな企業になるための肝(きも)である。 以上がこの休みに考えたものだが、これをたたき台にして明日に望みたい。
謹賀新年
昨年の漢字が絆と決まりました。無縁社会と言われた日本に対する天の警告だったのかも知れません。多くの被災者に心が痛みますが、残された我々が希望を捨てずに前を向いて行くしかありません。亡くなった天才スティーブ・ジョブズが「Stay hungry, Stay foolish!」と言いました。それを私は「あきらめるな! 謙虚に生きろ!」とのメッセージと捉えています。 会社も震災と電力不足、超円高、タイの洪水と、幾重もの試練に見舞われましたが、社員の結束力で乗り切って来ました。今年は念願の本社移転を果たし、改めて世代交代の準備の年とします。 父母、我々夫婦、子供達と孫たち、社員とその家族、地域の人達の更なる幸せを念じつつ、今年も頑張る所存です。どうか皆様、本年もよろしくお願い申し上げます。37290 2012年 元旦
先に引いた太平洋艦隊の体たらくは彼の名誉のために言っておくが、一人山本五十六のせいではない。山本と同郷で中学の後輩でもある作家半藤一利も述べているが、決して彼は好戦家ではない。世の大勢が日独伊三国同盟に傾く中、一人、米国を敵に回すその愚策を批判していたし、米国ハーバード大に留学中、かの国の圧倒的な国力を熟知していたので、日本が相手にできるような国ではないことを主張もしていた。しかし弱体化した政権が次々に交代し、マスコミの扇動で国が戦争へと押し流されていく中、止むに止まれずそれに従いつつも、あくまで短期決戦、早急に講和に持っていくべきだとの論を張リ続けた。
ミッドウエー作戦の時も、時は航空戦の時代であることを認識していたので、自国戦艦赤城に敵の航空母艦を撃沈するための魚雷を付けることを主張していたが、無視されてしまった。案の定、敵の空母は現れ逆に多くの自国空母が海の藻屑と化した。とにかく命令系統の徹底さに欠けており、各々の思い込みが優先されたのである。結果は惨憺たるもので、この作戦を期に日本は敗戦の色を濃くしていく。しかしマスコミを通じての大本営発表は事実とは違っていた。 誠に山本五十六は不運な大将であった。それを知ってか知らずか、ほとんど自殺行為ともいえる視察計画を実行し、その計画も敵に傍受されることとなり、敵機の襲撃を受け南方のジャングルに散った。 原発問題を機に、「失敗学」という学問の再評価が最近とみに言われている。誰かも言っていたが、太平洋戦争の失敗をもっと謙虚に掘り下げていれば、今回の失敗も防げたのではないかと思う。誠に日本人は「国策」という言葉に弱いのである。
三年がかりのNHK大型ドラマ「坂の上の雲」が終わった。最終回は日本海海戦である。当時無敵と言われたロシアのバルチック艦隊を、秋山真之という稀代の戦略家と共に、捨て身の戦法でその艦隊の殆どを海底に沈め、大勝利を収めた東郷平八郎の采配ぶりが見事であった。あまりのロシア艦隊の遅参振りに太平洋を迂回したのでは無いかと疑心暗鬼に陥る秋山に、対馬を通ると断言した東郷の想定力、ロシア艦隊に遭遇するやいなや東郷ターンと言われるT字戦法を指示し、自らを危険に晒しながら甲板から一歩も退かなかったという胆力、本番に備えての周到な射撃の訓練等々、奇跡と言われながらも勝利の確率を常に意識していた東郷のリーダーとしての資質は際立っている。
反面、先日見た映画「山本五十六」の率いる太平洋艦隊のお粗末ぶりはどうか。そもそも外務省の手違いとは言え、宣戦布告無しの真珠湾攻撃からして最初からボタンを掛け違った。敵国米国の実力を余りに過少評価し、準備不足のまま無謀に決行したミッドウエー作戦、致命傷は山本と南雲中将との連携不足だった。結果は御存じの通りである。 果たしてこの日露戦争と太平洋戦争の違いは何だったのだろうか。維新後数十年にして列強の仲間入りを果たした明治の時代、犠牲者三百万人と云われる昭和の敗戦。これが同じ民族の行動なのかと信じられない気持だ。私はこれを検証する事がまさに今こそ必要だと思っている。日本人は余りに従順である。それが美徳であり大きな欠点でもある。全てが閉塞状況にある今、真のリーダーとは何か、あるべき組織とは何かを問う時である。
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